不確定性関係をめぐる議論

多様化する不確定性関係 (PDFファイル)2016年3月2日版

 1925, 26年頃に量子力学がおおよそ出来上がり,1927年にハイゼンベルクが量子力学のもたらす帰結として不確定性関係を提唱した。不確定性関係によれば,原子や電子などのミクロの世界では,粒子の位置を正確に測る実験は粒子の運動量に不測の変化をおよぼしてしまうし,粒子の運動量を測るしかけは粒子の位置を変えてしまうという。しかも,一方の物理量をより小さな誤差で測る実験ほど,他方の物理量により大きな擾乱をもたらしてしまうという。ハイゼンベルクの不確定性関係は,ミクロの世界に対する我々の物理観に大きな影響を与えたが,ハイゼンベルク自身による不確定性関係の定式化には曖昧さがあり,後人たちは不確定性関係を数学的に厳密に定式化しようと努力してきた。また,「不確定性」と呼んでいるものが何であるかという点すら曖昧であったがゆえに,不確定性関係の成否をめぐって物理学者の間でしばしば論争が繰り広げられていた。

 2002年から2003年にかけて小澤正直は,それまで曖昧にされてきた不確定性(誤差と擾乱)に明確な定義を与え,それらが厳密に満たす不確定性関係(小澤の不等式)を数学的に証明した。小澤の誤差と擾乱の定義については,物理的意味が明確でないとの批判もあったが,その測定方法もだんだんに解明されて,2012年には長谷川祐司らが中性子スピンを用いた実験で誤差と擾乱を測定し,小澤の不等式を検証した。また,同年,Steinbergらと枝松圭一らは独立に,偏光を用いた実験で小澤の不等式を検証した。

 話はこれだけでなく,小澤の不等式が提唱された後にも,前にも,不確定性の定義そのものについてのさまざまな研究があったし,不確定性関係として証明された数式もいろいろある。それぞれに数学的定義も物理学的内容も異なっており,どの定義と定式化が物理的意味があるかということについての論争もくすぶり続けている。

 そういった多様な不確定性関係を整理して紹介するような解説記事を書きたいと私はかねてより思っていた。物理科学雑誌『パリティ』編集室より,コラム「メイドインジャパン物理用語:小澤の不等式」(パリティ2016年2月号 掲載)の執筆を依頼されたのを機に,私は不確定性関係に関する総括的なレポートを書くことを思い立った。そうしてできたのがこのノートです。


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